座布団の舞

座布団の舞(ざぶとんのまい)は、大相撲取組において横綱が格下の力士に負けた時に観客が土俵に向かって自らの座布団投げる行為。

以前は平幕力士が横綱に勝って金星となった時のみであったが、後に三役級(小結関脇大関)の力士が横綱を破った時であっても投げられるようになった。例外として、横綱同士の時、または横綱以外の力士でもその力士の優勝が決まった時、あるいは名勝負(三役級同士あるいは元三役対前頭との対戦も含まれる。)と呼ばれる取組、物言いが付いている最中にも投げられることもある。

歴史

物を投げる文化の起源は投げ纏頭(はな)と呼ばれ、17世紀半ばから芝居小屋などでこの慣習が行われるようになり、相撲には18世紀頭ごろに根付いた。

明治時代には、見物人がひいきの力士にご祝儀をあげる目的で、羽織や帽子などの個人を特定できるものを投げ、呼び出しまたは力士本人[1]が、その贔屓に返却方々挨拶にいくことでご祝儀を貰うという習慣があった。当時これは「祝儀を投げる」の意味で「投げ花」と呼ばれたが1909年(明治42年)に大相撲常設館(初代両国国技館)が完成した際に正式に禁止されたため、見られなくなった。現在の座布団投げは、それを引き継いだものという説もある。なお、投げ花に代わる形で導入されたものが現在まで続く懸賞金である。

その後は上記のような意味はなくなったものの、しばしば座布団を投げる行為は生じた。1917年(大正6年)1月場所千秋楽、東横綱太刀山峯右エ門対西大関大錦卯一郎との全勝対決では、大錦が太刀山に勝利し、感極まった観客達は総立ちになり、座布団だけでなく、帯や羽織に加えて灰皿や火鉢蜜柑なども土俵に投げ込まれ、国技館内は観客の騒ぎで前代未聞の大騒動になった。また、1939年(昭和14年)1月場所4日目、東横綱双葉山定次対西前頭3枚目安藝ノ海節男の一番は安藝ノ海が外掛けで双葉山を倒し、連勝を69で止めた。このときも館内は座布団だけでなく、酒瓶や火鉢や煙草盆などが投げられた[2][3]。 戦時色が強くなった1940年(昭和15年)、警視庁が相撲協会などに風紀上の問題のある行為の自粛、取り締まりを要求した際にも、座布団投げは厳罰とするよう指導が行われている[4]

座布団を投げる行為は横綱に対する野次的な意味、勝った力士に対する祝福の意味、または取り組みそのものに波乱が起きたという意味で座布団が舞うものと推測されている。特に金星が出た取組に多い。現在では千秋楽横綱同士の結びの一番ではどちらが勝っても賞賛が起こっている[注釈 1]と推測されるため暗黙の了解として座布団が舞うことが多くなった[注釈 2]

投げられた座布団が土俵上にそのまま残っているとその後の進行の妨げになるため、土俵上に落ちた座布団は呼出が直ちに土俵下へ払い落とす。

注意事項

本場所中において、館内で座布団を投げる行為は「基本的には行ってはならない行為」である。投げられた座布団が他の客や土俵上の力士[注釈 3]・行司、土俵付近にいる呼び出し・審判員の親方に当たって怪我につながる恐れがあるほか、館内上部の照明機材等に当たると大事故になる可能性もあるため、取り組みの間に随時流れる館内放送でも「座布団や物は投げないで下さい。座布団や物を投げて怪我をされた方がいらっしゃいますので絶対に投げないで下さい」と他の館内における注意事項(地震発生時の行動や禁煙、館内飲食など。)とともに説明している。しかし、伝統として受け継がれてきたためか全くと言っていいほど守られる様子はない。投げられた座布団が原因で怪我をした例としては、2012年5月場所初日に場内アナウンスをしていた行司の木村堅治郎(現・銀治郎)の後頭部に座布団がぶつかった衝撃で前歯がマイクに当たり口の中を切る怪我をしたものがある[5]。なお、観戦していた著名人に直撃した例としては、2017年7月場所11日目の「白鵬 - 御嶽海」戦で横綱の白鵬御嶽海に寄り切りで敗れた一番によって投げられた座布団が、元フィギュアスケート選手の浅田真央に直撃している[6]

現実

2007年9月場所から、入場者に配付される取組表に「座布団や物を投げて人に怪我をさせた場合は、暴行罪傷害罪に該当する場合があります。物は絶対に投げないようお願いいたします」という注意書きが印刷されるようになった。ただ、実際多くの人が投げているため誰が投げたかがわからず、罪を問うのは難しい。なお、出羽海理事を中心に「飛ばせない座布団」の形状が検討され、2008年11月の九州場所から、マス席の座布団は、これまでの1人用の正方形4枚から2人用(縦1メートル25、横50センチ)の座布団2枚に変更し、さらに2枚をひもで結んでつなげた形に変わった。これにより、1人でも座布団に座っていれば座布団を投げられない仕組みになった[7]。初日早々、横綱の白鵬が敗れる波乱が起こったが、一人でも座っていれば持ち上げられない上に座布団自体も相当な重さになり、全く座布団が飛ばない事態となって新型座布団の効果を立証した。ただし、この「新型座布団」は11月場所以外で当面使用される予定がない。同場所以降、観客の座布団投げを危険行為とみなして厳しく取り締まることになり、重さが2枚計4.8キロとなって投げられた場合の危険性が増したということで、同場所以降は座布団投げが確認された場合は警察に通報するという非常に厳しい措置が執られた。 よって、2010年九州場所2日目の前頭筆頭の稀勢の里に白鵬の連勝が63でストップされるという歴史に残る大波乱が起こった瞬間では、一枚も座布団が舞わず賛否両論も起こっている。

しかし11月場所以外の「新型座布団」が採用されていない場所では依然として座布団が飛ばされており、国技館で行われた2011年1月場所の11日目に稀勢の里が再び白鵬を破った際は前場所とは対照的に大量の座布団が舞った。

こうした現状のなか座布団の舞を形式美として尊重する相撲ファンも多く、投げられない仕組みの座布団よりも、当たっても怪我をしない仕組みの座布団を開発すべきだとの要望が多い。

2013年11月場所において稀勢の里が白鵬を倒したときには、座布団の舞の代わりとして万歳が行われた。

2019年5月場所の千秋楽においてアメリカ合衆国ドナルド・トランプ大統領が観戦した際には、相撲協会が通常時よりも厳重に禁止を呼び掛けた事や、結びの一番が番付通りの結果で終わった事もあって座布団が飛ぶ事はなかった[8][9]

2020年7月場所以降は新型コロナウイルス感染症の流行の影響で、座布団の舞は2年ほど行われていなかった[10]

2022年7月場所は初日に1横綱2大関が敗れる波乱であり、まだコロナ禍の最中でありながら久々に座布団が舞った。14日目には、優勝争いトップの横綱・照ノ富士が大関の正代と対戦、照ノ富士が敗れ座布団が舞ったが、飛んできた座布団が正代の頭に当たった[11]

大相撲以外

脚注

注釈

  1. ^ 野次、波乱、祝福は関係ない。
  2. ^ 2010年初場所が例。
  3. ^ 旭道山和泰千代大海龍二がまだ現役だった時、上位力士を下して懸賞金を受け取る作法をしている際に直撃した事例などがある。
  4. ^ 松井秀喜5打席連続敬遠が該当。

出典

  1. ^ 岡本綺堂の「東京風俗十題」(河出文庫『風俗明治東京物語』p22)によれば、「弟子の小力士」が投げた主に届けて祝儀をもらうことになっている。
  2. ^ 『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p18-19
  3. ^ Vol.61 双葉山70連勝ならず 隻眼の大横綱、初顔に屈す 昭和14年1月15日 (2/2)‐昭和史再訪セレクション‐地球発‐[どらく 2010年11月6日朝日新聞夕刊紙面 2頁。]2023年10月23日閲覧。
  4. ^ 芸妓同伴、昼酒は禁止(『朝日新聞』昭和15年12月15日)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p300 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  5. ^ 大相撲嶺崎部屋 平成24年5月6日 行司・木村堅治郎
  6. ^ 浅田真央さんに座布団が直撃!小塚崇彦氏と名古屋場所を観戦 SANSPO.COM 2018年9月11日閲覧
  7. ^ これじゃあ飛ばせない!相撲協会が九州場所で新型座布団 YOMIURI ONLINE 2008年10月2日
  8. ^ “トランプ氏の観戦席か 国技館、座布団投げ禁止伝える“紙”配布”. 産経新聞(2019年5月26日作成). 2019年5月27日閲覧。
  9. ^ “トランプ狂騒曲 現職米大統領が大相撲初観戦 場内総立ち大歓迎も厳戒態勢…混乱も”. デイリースポーツ(2019年5月27日作成). 2019年5月27日閲覧。
  10. ^ “マス席から見た本場所初日、金星出ても座布団飛ばず”. 日刊スポーツ(2020年7月19日作成). 2021年10月3日閲覧。
  11. ^ “正代お見事座布団キャッチ!照ノ富士撃破でどよめいた場内再び沸かせた【大相撲名古屋場所】:中日スポーツ・東京中日スポーツ”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ. 2022年7月29日閲覧。
  12. ^ “【プロレスこの一年 #7】真夏の祭典「G1クライマックス」蝶野正洋が初優勝した91年の第1回をプレイバック”. ENCOUNT. 2023年4月14日閲覧。

関連項目

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